三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

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CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

周魴

髪を切って曹休を欺き、石亭の大勝を呼んだ太守

周魴は、呉の鄱陽太守です。魏の大将・曹休をおびき出すため偽りの降伏を申し出て、朝廷の詰問を受けると郡の門前で自ら髪を切って謝罪し、その姿で曹休の疑いを解きました。曹休は十万の兵で迎えに来て、石亭で大敗します。孫権は「髪を下ろして義を載せ、わが大事を成した」と称えました。経歴は『三国志』呉書「周魴伝」をもとにしています。

呉郡陽羨の人で、字は子魚。若くして学問を好み、孝廉に挙げられた。銭唐の賊・彭式を一か月足らずで討ち、鄱陽太守として彭綺の乱を平らげた。228年、曹休をおびき出す計を自ら申し出て、七条の書を送って偽りの降伏を伝えた。朝廷からの詰問が続くと郡の門前で髪を切って謝罪し、これを聞いた曹休は疑いを捨てて十万の兵で皖に進み、陸遜に大敗した。のち賊帥の董嗣を間諜で討ち、兵を動かさずに数郡を安んじた。鄱陽に十三年在任して没した。息子は「三害を除いた」周処。

THE WAY OF LIFE

周魴の生き方

山賊の討伐でも、曹休をだます計でも、人を動かす前に自分が先に動く人です。「山の名のある者を使え」と言われて、「それでは漏れます、私がやります」と答えた。

朝廷の役人に詰問されたとき、周魴は門前に出て髪を切った。見ている者は皆、本当に追い詰められた太守だと思った。それが計の一部だったことを知っていたのは、ごくわずかの人だけでした。

持ち味と、その裏側

相手の目に何が映るかを読み、自分の体ごと計の中に置ける胆力。賊の討伐でも、兵を使わず間諜で片づける手際があった。一方で、そのやり方を「郡守の務めではない」と見る人もいた。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

生没年不詳(三国時代)。鄱陽太守を十三年務めて没した

揚州呉郡陽羨県の人。字は子魚。

  1. 若くして学問を好み、孝廉に挙げられた。寧国・懐安の県長を経て、銭唐の賊帥・彭式が騒ぐと銭唐侯相となり、一か月足らずで彭式とその一党を斬った。
  2. 黄武年間、鄱陽の賊帥・彭綺が数万人で郡県を落とすと、鄱陽太守に任じられ、胡綜と力を合わせて彭綺を生け捕りにし、昭義校尉を加えられた。
  3. 孫権は周魴に、山中の名のある旧族で魏にも知られた者を探し、曹休を欺く役に使えと命じた。周魴は「その程度の者では事が漏れて曹休を呼べない」と答え、自分の親しい者に七条の書を持たせて曹休に送り、朝廷に責められて殺されそうなので鄱陽郡ごと魏に降りたい、兵を迎えに寄こしてほしいと伝えた。
  4. 計を進めるあいだ、朝廷から郎官がたびたび詔を奉じて事情を問いただしに来た。周魴は郡の門前に出て髪を切り、謝罪した。曹休はこれを聞いて疑いを捨て、歩騎十万を率いて皖へ向かった。魏の明帝は司馬懿を江陵へ、賈逵を東関へ、三方から同時に進ませた。
  5. 228年、周魴は兵を集め、陸遜に従って曹休の軍を横から断った。曹休の軍は崩れ、斬られ捕らえられた者は万を数えた(石亭の戦い)。
  6. 戦が終わると孫権は諸将を集めて宴を開き、酒が回ったころ周魴に言った。「君は髪を下ろして義を載せ、わが大事を成した。君の功名は、必ず竹帛に書き記されよう」。裨将軍を加え、関内侯に封じた。
  7. のち賊帥の董嗣が険阻に拠って豫章などを荒らし、呉粲・唐咨が三千の兵で数か月攻めても落とせなかった。周魴は進軍をやめるよう上表し、間諜を送って董嗣を誘い出して殺した。董嗣の弟は陸遜に降り、数郡は憂いがなくなった。
  8. 鄱陽では賞罰を明らかにし、恩と威をあわせて用いた。在任十三年で没した。息子の周処は、若い頃の乱暴を悔いて虎と蛟を退治した「三害を除く」話で知られ、西晋の将として戦死した。
  9. 『三国志演義』第96回では、周魴が曹休の前で泣きながら剣で髪を切って投げ、賈逵が「要離が慶忌を刺すために腕を断った故事と同じだ」と見抜くが、曹休は聞かない。髪を切る相手が曹休本人になっているのは物語の脚色である。徐衆は「郡守の職は民を治めること。君命でもないのに自ら敵を誘い、髪を剃って功名を求めるのは、君子の美とするところではない」と批判した。

主な出典
『三国志』呉書「周魴伝」(賀全呂周鍾離伝)、『三国志演義』第96回。徐衆の評は裴松之注引『三国評』。経歴は Wikipedia「周魴」の記述も参照しています。

Wikipediaで見る ↗

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:真なる中立

太守として賞罰を明らかにし、国のために身を投じたことから、規律は中立に置いています。計のために髪を切り、職分を越えて動いたことは、秩序一辺倒とも言えません。

自分から敵を欺く計を申し出て、髪を切ってまで国の大事を成した一方、徐衆は「君命でもないのに功名を求めた」と批判しました。国のための動機と功名への思いが重なる人として、中立に置いています。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

診断結果の保存・共有

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「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

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