三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

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CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

呉懿

主を替えても、博愛を失わなかった蜀の仁将

呉懿は、字を子遠といい、兗州陳留郡の人です。劉焉が益州に入るとき、母・妹・族弟とともに従って移りました。劉璋に仕え、212年に劉備が攻めてくると防戦しましたが、のち降伏します。妹の呉氏は劉備の夫人となり、のちの穆皇后です。221年に偏将軍・関中都督となり、230年には魏延とともに羌中に進んで、魏の費曜を破りました。234年に諸葛亮が亡くなると、督漢中・車騎将軍・雍州刺史となり、237年に亡くなります。『季漢輔臣賛』は、非常に剛毅で、博愛の心を持った人物と称えています。経歴は『三国志』蜀書 二主妃子伝(穆皇后)と『季漢輔臣賛』をもとにしています。

蜀の将。劉焉に従って入蜀し、劉璋のもとから劉備に降った。妹は劉備の夫人(のちの穆皇后)となり、車騎将軍・雍州刺史に至った。

THE WAY OF LIFE

呉懿の生き方

争いを好まず、人を受け入れる。呉懿は、穏やかな人柄と、堅実な軍の運びを併せ持つ人物像です。

表に立たず、役目を静かに果たした。信条と動機の高さと、表現・構想の低さに、その実直さと控えめさを重ねています。

持ち味と、その裏側

皆を受け入れる博愛の心と、旧主と新主の間をつなぐ調整力。一方で、自分から前に出ないため、功績が記録に残りにくく、外戚でありながら個人の伝記もありません。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

?年〜建興15年(237年)

兗州陳留郡の人。字は子遠。「呉壱」とも表記される。妹は劉備の夫人・穆皇后。

  1. 劉焉が益州に入るとき、母・妹・族弟とともに従って移った。
  2. 劉璋に仕えて中郎将となった。212年に劉備が攻めてくると防戦したが、のち降伏した。
  3. 214年、劉備から護軍・討逆将軍に任じられた。妹の呉氏は、劉備の夫人となった(のち穆皇后)。
  4. 221年、劉備が帝位に即くと、偏将軍・関中都督となった。
  5. 228年の北伐では、先鋒の候補に挙げられたが、採用されなかった。
  6. 230年、魏延とともに羌中に進み、魏の費曜を破って、左将軍に進んだ。
  7. 234年に諸葛亮が亡くなると、督漢中・車騎将軍・仮節・雍州刺史となった。237年に亡くなった。
  8. 『季漢輔臣賛』は、非常に剛毅で、博愛の心を持った人物と称えている。皇帝の外戚でありながら、正史に個人の伝はない。
  9. 『三国志演義』では、益州攻略で劉璋側の将として登場して劉備に降り、のち諸葛亮の北伐にも加わるが、司馬懿に策を見破られて失敗し、以後は登場しなくなる。

主な出典
『三国志』蜀書 二主妃子伝(穆皇后)・同注引『季漢輔臣賛』・劉焉伝・諸葛亮伝、『三国志演義』

Wikipediaで見る ↗

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:中立・善

主を替えながらも、与えられた職務を堅実に果たした姿から、規律は中間としています。

「博愛」と称された人柄と、旧主にも新主にも筋を通す姿から、動機は利他寄りに置いています。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

診断結果の保存・共有

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「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

表示を選ぶと、あなたの分類名が結果画面・保存画像・コピー・Xの投稿文に含まれます。いつでも非表示に戻せます。