CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇
厳顔
首を斬れと言い放った、気骨の巴郡の将
厳顔は、劉璋に仕え、巴郡の守備にあたった将です。出身や生没年は伝わっていません。劉備の益州攻め(212〜214年)のとき、張飛の軍に攻められて敗れ、捕らえられます。張飛にひざまずくよう迫られると、「わが州には首を斬られる将軍はいても、降伏する将軍はいない」と答えたと伝わり、張飛はその気骨に感じ入って縄を解き、賓客として遇しました。その後の事績は、ほとんど伝わっていません。『三国志演義』では、年老いた将として描かれ、のち恩義に感じて降る筋書きになっています。経歴は『三国志』蜀書 張飛伝、『華陽国志』、『三国志演義』をもとにしています。
劉璋に仕えた巴郡の守将。張飛に捕らえられても降伏を拒んだが、その気骨を認められ、劉備に仕えた。
THE WAY OF LIFE
厳顔の生き方
敗れても、頭は下げない。厳顔は、揺るがない信条と、率直にものを言う気骨を併せ持つ人物像です。
相手が誰であれ、筋を通して言い切る。信条と表現の高さに、その潔さを重ねています。
持ち味と、その裏側
追い詰められても曲げない芯の強さと、率直な物言い。一方で、状況に合わせて変わる柔軟さには欠け、頑固さとして映ることもあります。
IN THE CHRONICLES
史実・物語の歩み(概略)
生没年不詳
出身は不詳。劉璋に仕えた将。
- 劉璋に仕え、巴郡の守備にあたった。出身や生没年は伝わらない。
- 劉備の益州攻め(212〜214年)のとき、張飛の軍に攻められて敗れ、捕らえられた。
- 張飛に跪くよう迫られると、「わが州には首を斬られる将軍はいても、降伏する将軍はいない」と答えたと伝わる。張飛はその気骨に感じ入り、縄を解いて賓客として遇した。
- その後の事績は、ほとんど伝わらない。
- 『三国志演義』では、年老いた将として描かれ、張飛の計略に敗れて捕らえられる。降伏を拒みながら、のち恩義に感じて降る筋書きになっている。
主な出典
『三国志』蜀書 張飛伝、『華陽国志』、『三国志演義』
SOUL ALIGNMENT
人物像の分類:秩序・善
与えられた持ち場と立場を守り抜く姿から、規律は秩序寄りとしています。
主君への義理と、自分の誇りを守る姿から、動機は利他寄りに置いています。
このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。