三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

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CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

劉焉

州牧の設置を提案し、益州に入って半ば独立した益州牧

劉焉は、字を君郎といい、荊州江夏郡竟陵県の人で、前漢の魯恭王劉余の末裔とされます。霊帝の時代、政治の腐敗と黄巾の乱で刺史や太守の支配力が弱まるなか、州牧の設置を提案しました。侍中の董扶に益州に天子の気があると告げられて益州行きを望み、益州牧となって入ります。南陽・三輔の数万戸を東州兵に編成し、張魯を漢中へ送ると、張魯は道を断って中央との連絡を遮断しました。反発する豪族を弾圧し、長男の劉範と次男の劉誕は李傕を襲う計画が漏れて討たれ、劉焉は子らの非業の死に心を痛めて、興平元年(194年)に没します。温厚な劉璋が後を継ぎました。経歴は『三国志』蜀書 劉二牧伝をもとにしています。

荊州江夏郡竟陵県の人。字は君郎。霊帝の時代に州牧の設置を提案し、益州牧となって益州に入った。東州兵を編成し、張魯を漢中に送って中央との連絡を断たせた。194年に没し、子の劉璋が後を継いだ。

THE WAY OF LIFE

劉焉の生き方

州牧の設置を提案し、自分は益州牧となった。構想と挑戦は高めに置いています。

張魯を漢中に送って道を断ち、反発する豪族を弾圧した。朝廷の決まりより、自分の支配を優先した人物像です。

持ち味と、その裏側

州牧の制度を提案して、自ら益州に入った構想力と行動力。南陽・三輔の数万戸を東州兵に編成した組織力。一方で、益州の豪族を弾圧し、羌族への恩賞も不十分で、人心の面では弱さが見えます。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

生年未詳〜興平元年(194年)

荊州江夏郡竟陵県の人。字は君郎。前漢の魯恭王劉余の末裔とされる。子に劉範・劉誕・劉瑁・劉璋。

  1. 宗室であることから中郎となったが、師の喪に服すため辞職した。
  2. 陽城山で学問と講学に励み、賢良方正に推挙されて司徒府に招かれた。洛陽県令、冀州刺史、南陽太守、宗正、太常を歴任した。
  3. 霊帝の時代、政治の腐敗と黄巾の乱で、刺史や太守の支配力が弱まっていた。そこで劉焉は、州牧の設置を提案した。
  4. 本人は、中央の混乱を避けるため、交州牧を望んでいたとされる。しかし侍中の董扶が、益州に天子の気があると告げたため、益州行きを望むようになった。
  5. 益州刺史の郤倹の失政や、并州・涼州で刺史が殺された事件を背景に、提案が通った。劉焉は、監軍使者・益州牧を兼ね、陽城侯に封じられた。董扶と趙韙が随行した。
  6. 益州では、馬相・趙祗らが黄巾を号して反乱を起こし、綿竹県令と郤倹を殺した。益州従事の賈龍が官民を集めて、これを鎮めた。『英雄記』による。
  7. 劉焉は、いったん荊州の東境にとどまり、賈龍に迎えられて益州に入った。南陽・三輔の数万戸を東州兵に編成した。張魯を督義司馬として漢中へ送ると、張魯は道を断ち、中央との連絡を遮断した。
  8. のち、反発する益州の豪族を弾圧し、賈龍と犍為太守の任岐を殺した。羌族への恩賞が不十分で、羌族が綿竹の付近に侵入した。豪華な馬車を千乗余り作って、勢威を示したともいう。
  9. 長男の劉範、次男の劉誕、四男の劉璋は、長安で献帝に仕えた。献帝が劉璋を益州へ遣わして宥めようとしたが、劉焉は劉璋を都に戻さなかった。馬騰と劉範・劉誕が李傕を襲う計画は漏れ、劉範は槐里で討たれ、劉誕は処刑された。
  10. 綿竹が落雷で焼け、劉焉は成都へ移った。子らの非業の死や災いで心を痛め、背に悪性の腫れ物ができて、興平元年(194年)に没した。
  11. 趙韙の思惑で、温厚で仁徳があると評された劉璋が後を継いだ。陳寿は、劉焉が天子への野心を露骨に示したことを、酷評している。『三国志演義』は、劉焉を黄巾の乱の幽州太守として劉備と出会わせるが、正史にはなく、実際の幽州牧は劉虞である。

主な出典
『三国志』蜀書 劉二牧伝、『後漢書』、裴松之注に引く『英雄記』『典略』『漢霊帝紀』、日本語版Wikipediaの記述

Wikipediaで見る ↗

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:混沌・悪

朝廷との連絡を断ち、豪華な車を千乗余り作って勢威を示したため、規律は低めに置いています。

陳寿が、天子への野心を露骨に示したと評した点や、中央との連絡を断った行動から、動機は自分寄りの側に置いています。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

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「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

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