CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇
凌統
恨みを抱えても、主のために踏みとどまる人
凌統は、字を公績といい、揚州呉郡余杭県の人です。建安8年(203年)に父の凌操が戦死すると、15歳で父の兵を継ぎました。甘寧は父の仇でしたが、宴席で一触即発になったところを、呂蒙に仲裁されます。孫権も報復しないよう戒めたと伝わります。建安20年(215年)の合肥の戦い(逍遥津)では、張遼の奇襲を受けた孫権を逃がすため、わずかな手勢で食い止めて奮戦しました。建安22年(217年)に病没し、29歳でした。『演義』では、のちに甘寧が凌統を矢から救って和解します。経歴は『三国志』呉書 凌統伝をもとにしています。
父を甘寧に討たれた呉の猛将。合肥では、孫権を逃がすため身を挺して戦った。
THE WAY OF LIFE
凌統の生き方
胸の内に消えない怒りを抱えながら、それでも務めを優先できる。凌統は、情の深さと、義を重んじる強さを併せ持つ人物像です。
仲間のために危険へ飛び込み、財より人を大切にした。熱い気性を、統率と挑戦の高さに重ねています。
持ち味と、その裏側
仲間を守るために踏み込む勇気と、人を大切にする情の厚さ。一方で、胸の内の感情を抱え込みやすいため、信頼できる人と整理する時間も大切です。
IN THE CHRONICLES
史実・物語の歩み(概略)
189年ごろ〜建安22年(217年)
字は公績。揚州呉郡余杭県の人。
- 建安8年(203年)、父の凌操が戦死。15歳で父の兵を継いだ。
- 建安13年(208年)の赤壁の戦いなどに従軍し、功を重ねた。
- 甘寧とは父の仇という因縁があり、宴席で一触即発となったが、呂蒙が仲裁した。孫権も報復しないよう戒めたと伝わる。
- 建安20年(215年)の合肥の戦い(逍遥津)では、張遼の奇襲を受けた孫権を逃がすため、わずかな手勢で食い止めて奮戦した。
- 建安22年(217年)、病没。29歳の若さだった。『演義』では、のちに甘寧が凌統を矢から救い、和解する場面が描かれる。
主な出典
『三国志』呉書 凌統伝、『三国志演義』
SOUL ALIGNMENT
人物像の分類:中立・善
主君の命や決まりごとを守って動く姿から、規律は中間としています。
主君や仲間を守るために動く姿から、動機は中間よりやや利他寄りに置いています。
このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。