三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

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CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

何進

妹の威光で大将軍にのぼり、宦官誅殺に踏み込んで散った外戚

何進は、字を遂高といい、荊州南陽郡宛県の人で、何皇后の異母兄です。妹が霊帝の皇后に立てられると、侍中から河南尹へと進みました。中平元年(184年)の黄巾の乱では大将軍となり、近衛の兵を率いて洛陽を守ります。189年に霊帝が崩御して何皇后の子の劉辯が即位すると、袁紹らの勧めで宦官の排除を図り、地方の諸将を洛陽に召そうとしました。盧植・陳琳・曹操らや何太后は反対しましたが、同年8月、警戒せずに宮中に入ったところを宦官の段珪らの兵に囲まれ、嘉徳殿の前で殺されます。何進の死後、洛陽に入った董卓が実権を握りました。経歴は『後漢書』何進伝をもとにしています。

何皇后の異母兄。妹が霊帝の皇后になると大将軍にのぼり、黄巾の乱では洛陽の守りを担った。宦官の排除を図り、袁紹らと外の諸将を呼ぼうとしたが、参内したところを宦官に殺された。

THE WAY OF LIFE

何進の生き方

周りの意見に耳を傾け、流れに乗って動く。何進は、人を受け入れる広さと、決めきれない迷いを併せ持つ人物像です。

自分の足で立つというより、周りの力に支えられていた。決断と信条の低さに、その揺れやすさと、外から動かされやすい面を重ねています。

持ち味と、その裏側

立場を活かして、多くの人材や勢力を周りに集める広さと、洛陽の守備を預かる統率力。一方で、決断を先送りにして、味方や宦官の間で揺れ、最後は自分の無警戒が命取りになりました。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

?年〜中平6年(189年)

荊州南陽郡宛県の人。字は遂高。何皇后の異母兄。

  1. 荊州南陽郡宛県の人。異母妹が霊帝の皇后に立てられると、侍中となり、将作大匠・河南尹と進んだ。
  2. 中平元年(184年)、黄巾の乱が起きると、大将軍となり、近衛の兵を率いて洛陽を守った。慎侯に封じられた。
  3. 中平5年(188年)、霊帝が西園三軍を設け、自ら無上将軍と称し、宦官の蹇碩を上軍校尉に据えた。何進も、その指揮の下に置かれた。
  4. 中平6年(189年)、霊帝が崩御し、何皇后の子の劉辯が即位すると、十常侍の趙忠らは蹇碩を見捨て、何進に与した。
  5. 袁紹らの勧めで、何進は、地方の諸将を洛陽に召し、宦官の排除を図った。盧植・陳琳・曹操らは、この計画に反対し、何太后も宦官をかばって反対した。
  6. 同年8月、何進は、警戒せずに宮中に入ったところを、宦官の段珪・畢嵐らの兵に囲まれ、嘉徳殿の前で殺された。
  7. 何進の死後、袁紹らが宮中に入って宦官を粛清し、洛陽に入った董卓が実権を握った。『三国志演義』でも、何進は宦官の誅殺を図って殺される人物として描かれる。

主な出典
『後漢書』何進伝・皇后紀、『三国志』魏書 武帝紀・袁紹伝、『三国志演義』

Wikipediaで見る ↗

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:混沌・中立

官職の筋より、妹の太后や周りの顔色を見て動く場面が多く、規律は裁量寄りとしています。

宦官を除いて朝廷を正そうとした面と、妹の威光で得た地位を守る面の両方が見えるため、動機は中間に置いています。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

診断結果の保存・共有

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「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

表示を選ぶと、あなたの分類名が結果画面・保存画像・コピー・Xの投稿文に含まれます。いつでも非表示に戻せます。