三國志人物鑑 CHRONICLES OF YOUR SOUL

THE ADDITIONAL CHRONICLE

逸伝篇について

本編の108人に入りきらなかった人物を、あとから書き足していく追加篇です。ONにすると、診断の候補と人物図鑑に、逸伝篇の人物が加わります。

ONとOFFで変わること

OFFのときは、本編108人だけが対象です。ONにすると、診断の結果に逸伝篇の人物が出ることがあり、図鑑にも「逸伝」の一覧と「隠れた人々」が増えます。結果は、ONかOFFかで変わることがあります。

切り替えについて

この画面の上のスイッチで、いつでも切り替えられます。診断の途中で切り替えても、回答は残ります(結果の候補だけが、結果が出る時点の設定になります)。既読の記録は、ONでもOFFでも保たれます。初期設定はOFFです。

人物について

逸伝篇には、史書に記録の少ない人物や、『三国志演義』などの物語の中で知られる人物も含まれます。物語の人物は、人物ページにそのことと出典を書いています。人物像やアラインメントは、本編と同じく、本サイト独自の解釈です。

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CHARACTER ARCHIVE / 逸伝篇

何皇后

屠殺業の家から皇太后にのぼった、嫉妬深い霊帝の后

何皇后は、荊州南陽郡宛県の人で、霊帝の皇后、少帝・劉辯の母です。『後漢書』は、生家は屠殺業で、賄賂を使い、宦官の伝手で後宮に入ったと伝えます。熹平年間に劉辯を産み、気性が強く、ほかの妃嬪から恐れられたといいます。光和3年(180年)に皇后に立てられ、のちに霊帝の寵妃の王美人を毒殺したと伝わります。189年に劉辯が即位すると皇太后として政に関わり、兄の何進が宦官の誅殺を図ると、宦官をかばって反対しました。董卓が少帝の廃位を迫ると、永安宮に幽閉され、李儒の毒によって、少帝とともに亡くなったと伝わります。経歴は『後漢書』皇后紀・何進伝をもとにしています。

霊帝の皇后で、少帝・劉辯の母。屠殺業の家の出と伝わり、のち皇太后として政に関わった。董卓が洛陽に入ると、少帝の廃位とともに幽閉され、毒殺された。

THE WAY OF LIFE

何皇后の生き方

守るべき座は、決して手放さない。何皇后は、強い意志と、身分の力を使う手際を併せ持つ人物像です。

強い気性と、身分の高さを重ねている。決断と規律の高さと、構想と挑戦の低さに、その押しの強さと、先を見通すより今を守る姿勢を重ねています。

持ち味と、その裏側

立場を守るためなら迷わず動く決断力と、皇后・太后という身分の力を使う手際。一方で、嫉妬や身内への肩入れが先に立ち、兄の何進と宦官の対立で、国全体の先行きを見通すことができませんでした。

IN THE CHRONICLES

史実・物語の歩み(概略)

?年〜初平元年(190年)ごろ

荊州南陽郡宛県の人。父は何真、異母兄は何進。『後漢書』は、屠殺業の家の出と伝える。諡は霊思皇后。

  1. 荊州南陽郡宛県の人。『後漢書』は、生家は屠殺業で、賄賂を使い、宦官の伝手で後宮に入ったと伝える。
  2. 熹平年間に、霊帝の子の劉辯を産んだ。気性が強く、ほかの妃嬪から恐れられたと伝わる。
  3. 光和3年(180年)、前の皇后の宋氏が廃されると、何氏が皇后に立てられた。父の何真には、車騎将軍の位が追贈された。
  4. 光和4年(181年)頃、霊帝の寵妃の王美人が、のちの献帝・劉協を産むと、何皇后は嫉妬して、王美人を毒殺したと伝わる。霊帝は激怒し、廃位寸前になったが、宦官の取りなしで免れた。
  5. 中平6年(189年)、霊帝が崩御して、劉辯(少帝)が即位すると、何氏は皇太后として政に関わった。霊帝の母の董太后との争いにも勝ち、董太后は洛陽から追われて亡くなった。
  6. 兄の何進が、宦官の誅殺を図ると、何太后は、宦官とのつながりもあり、これに反対した。何進と宦官が相討ちとなり、洛陽に入った董卓が、実権を握った。
  7. 董卓は、少帝の廃位を迫り、何太后を永安宮に幽閉した。のち、李儒の毒によって、少帝(弘農王)とともに亡くなったと伝わる。
  8. 『三国志演義』では、李儒が毒酒を迫ると、これを拒み、幽閉の楼から突き落とされるという描写になっている。

主な出典
『後漢書』皇后紀(霊思何皇后)・何進伝、『三国志演義』

Wikipediaで見る ↗

SOUL ALIGNMENT

人物像の分類:秩序・悪

皇后・太后という地位の権威を使って、政敵を退ける姿から、規律は秩序寄りとしています。

王美人の毒殺や、董太后との争いなど、自分の座を守る動きが目立つため、動機は個人寄りに置いています。善悪を断定するものではありません。

このページの性格・人物像と生き方の文章は、史実や『三国志演義』の記述そのものではなく、本サイト独自の8軸と人物タイプに基づく読み物です。

ABOUT THE CHRONICLE

強さではなく、生き方を。

48問・8つの性格軸・108人の人物データを使用しています。回答の平均値と人物プロフィールの距離で順位を決め、知名度で優先しません。一致度は8軸の回答と人物データの近さを百分率で表したもので、科学的な確率ではありません。

アラインメントについて

史料に基づく人物像の解釈には幅があり、この分類は暫定的なものです。史料の記述と本サイトによる解釈を区別し、人物ごとの説明では分類の理由を紹介しています。人物ごとの出典の裏付けには差があります。Wikipediaのリンクがあることだけで、動機の解釈が確定するものではありません。

人物側は、個人・組織・他者のどれを行動の主目的と捉えるかを個別に設定しています。分類ごとの人数は、人物像の違いによって異なります。史実上の内心や善悪の判定ではありません。プレイヤーの回答は人数比に合わせて補正せず、そのまま計算します。プレイヤーのアラインメントは初期状態では非表示です。説明を読んで表示を選んだ場合だけ、画面・保存画像・コピーテキスト・Xの投稿文に含まれます。「規律」だけを秩序/中立/混沌、「動機」だけを善/中立/悪に対応させ、独立に判定します。3.25以上を秩序・善、2.75以下を混沌・悪とします。人物とユーザー診断には同じ判定範囲を適用します。中立は2.75より大きく3.25より小さい値で、境界の2.75・3.25は含みません。境界付近の人物は2.75・3.25で表し、混在する動機のうち本作で少し重視する側を示します。分類名の追加による加点はありません。

善=自分の損得と無関係に他者のために動くこと、悪=自分個人の利益のために動くこと。組織や家が主目的の場合、または主な動機を一方に決められない場合は中立です。複数の動機があっても、他者支援・個人利益のどちらが主目的か明確なら4・2で表します。ルールを守って個人の利益を求める「秩序・悪」、ルールを破って他者を助ける「混沌・善」の両方が成立します。実際の道徳性を測るものではなく、史実上の人物の善悪も断定しません。人物紹介は、人物タイプと8つの性格軸から読み解く、本サイト独自の人物像です。

収録は108名です。魏28名・蜀28名・呉28名・群雄ほか20名・晋4名で、勢力は魏・蜀・呉・群雄ほか・晋の5分類です。診断を終えた回答は、このタブのセッション内に保持します。サーバーへ送信しません。再読み込み後も「自分の診断結果へ」から戻れます。ブラウザが保存を制限する場合は再読み込みで失われます。再診断を選ぶと保持した結果を削除します。

診断結果の保存・共有

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「善・中立・悪」は行動の動機を表すゲーム用の分類で、実際の道徳性を測るものではありません。

アラインメントは8軸のうち「規律」と「動機」の2軸だけで決まります。一致度は8軸全体で計算するため、一致度の高い人物と分類が異なる場合があります。

表示を選ぶと、あなたの分類名が結果画面・保存画像・コピー・Xの投稿文に含まれます。いつでも非表示に戻せます。